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JaNISS メールマガジン第1号(2017年5月):連載「安全管理の主要な概念と原則」

JaNISS
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1号(20175月)

NGO安全管理イニシアティブ

JaNISSは人々に必要な支援を届けるために、日本のNGOの能力強化と情報共有を行っています

いよいよJaNISSメールマガジン第1号の発行となりました。早くからアドレスをご登録頂いてい方々、お待たせしました。原則月に1度、安全管理に関する研修情報や活動報告を中心にお届けします。
目玉は、NGOの安全管理の教科書的文献となっている” Operational Security Management in Violent Environment, Good Practice Review 8GPR8)”の抄訳です。これからこの文書のエッセンスを、日本語で1章ずつ、毎月お届けします。

1. 研修実施報告

「個人向け現場での安全対策研修(Personal Security in the Field Training)の実施(20172月)」

JaNISSでは、2017227-28日に、UNHCR eCentre、ジャパン・プラットフォームの協力を得て、個人向け現場での安全対策研修を開催しました。 詳しい報告はウェブサイトをご覧ください。

https://janiss.net/news/434/

2. GPR8日本語要約

GPR8:” Operational Security Management in Violent Environment, Good Practice Review 8

Chapter 1: Key concepts and principles of security management及びAnnex 1: Global trends in aid worker securityを参照

文責:CWS Japan小美野


1. 安全管理の重要性

安全管理は、人道支援を必要な時に、必要な場所、必要な人へ効果的に届けるために決して欠かすことのできない取り組みである。人道ニーズが高い所は概して安全管理上のリスクが高いことが往々にして考えられ、組織の人材を守るという観点、そして組織の資産や世評を保つためにも重要である。

実際に職員のケガや資産の損失などがあった場合、支援の中止を余儀なくされる可能性は常にあり、最悪の場合全ての活動を停止せざるを得ないこともある。また、組織はその従業員に対してDuty of Care(注意義務)を負っており、日本の労働安全衛生法においても「事業者は労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」と規定されている。本法令がNGOに適用されることは稀であると考えるが、海外ではDuty of Care(注意義務)を怠ったとして、職員が団体側を提訴し、勝訴するケースなどもみられる(1)

2. 安全管理フレームワーク

プロジェクトマネジメント同様、安全管理にもフレームワークが存在し、基本的には事業可能性の有無の決定・リスク分析・計画・実施・評価・再分析のサイクルで行われる。それぞれのステップの詳細は以下の通りである:

  • 事業の妥当性と実行可能性の決定:人道ニーズがあり、組織のミッションや能力を考慮した上で事業の実施が可能かどうか決定する。
  • リスク分析:事業実施にあたってどのようなリスクが存在するかを洗い出し、それらリスクに対応出来るだけの能力(人的・財務的・時間的)があるかを見極める。その後、組織の存在意義を勘案しながら許容するリスク範囲(risk threshold)を設定し、組織的に対応しても許容できる範囲を超えたリスクが存在する場合は事業実施を見送ることになる。
  • 全管理戦略:上記プロセスを経た後、事業実施に踏み切る場合には、状況に応じた安全管理戦略を策定する必要がある。組織は単に安全管理上の責任を明確にするだけでなく、有事の際のマネジメント能力を高めることも危機的状況を回避するためには重要である。
  • 危機対応計画:いくらリスク管理をしていても非常事態が起きることはある。そういった場面に直面した職員は生き残るためにあらゆる手段を考える必要があり、組織は危機対応を迅速に行えるよう日頃から計画を持ち、訓練をしておくことが重要である。
  • 危機後のフォローアップ:危機的状況を経験した職員はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされることが多く、組織としてフォローアップ体制を構築しておくことが重要である。
  • 危機対応分析:全ての危機対応は実直に評価し、リスク分析において抜けがなかったか、対応は万全であったかなど、未来志向で評価する必要がある。あくまで改善することが目的であるので、責任追及で終わってしまう評価は望ましくない。

安全管理フレームワークの基本的なプロセスを示した図を以下抜粋する(GPR9ページより):

3. 安全管理は組織全体の課題

基本的に自国に在住する市民を守るのは国の役目ではあるが、国が全ての国民を常に守れるかというとそうではない。また、前述した通り組織には職員の安全管理に対する責任があり、想定が可能な限りのリスク情報を職員やステークホルダーと共有する義務がある。

とは言え、「自分の命を守れるのは自分だけ」と言われるように、あくまで個々人がそれぞれの安全管理に責任を負っているのも事実である。組織がどれだけ安全管理計画や研修を行っていても、現場で敵を作るような態度は自分でリスクを増やしていると捉えられる。重要なのは、個々人が追う責任を明確に定め、日頃から組織の安全管理基準に沿った行動ができるようにしておくことである。組織のマネジメント(理事会も含む)はこうした安全管理基準が適切に遂行されているかを常に確認し、最終的な組織的な責任を負っている立場を認識しながら安全管理の周知や実施に臨む必要がある。

各国大使館に安全管理上の情報提供を依頼するのも良い方法ではあるが、大使館の許容リスクレベルは非常に低いため、組織の安全管理体制を考慮した上で判断することが重要である。

4. 安全管理計画

事業を実施するにあたり、現場の状況に即した安全管理計画は非常に重要なため、できればローカルスタッフと国際スタッフ双方の協働によって作成したい。良い計画は「常に改善されている」計画であり、一回作って完成というものではない。一般に安全管理計画には以下の項目を記載する:

  • 当該国の状況概要(紛争関連も含む)
  • 組織としての当該国でのミッション
  • リスク評価結果
  • 許容できるリスクレベル(どのように算定されたかも含む)
  • 責任の所在の明確化
  • リスク回避行動(SOP:標準作業手順などを含む)
  • 危機対応に際する役割と責任の明確化
  • 事件・事故の報告プロセス(事例分析手順を含む)
  • 避難行動
  • 安全管理に関する協働の原則
  • 本計画の策定・改善時期、署名などによる承認
  • 事業地や事務所の地図

計画策定にあたっていくつか留意点がある。第一に、「計画はあくまで紙である」ということ。安全管理計画は、策定自体を目的とするものではなく、職員に周知され、実行されて初めて価値のあるものとなる。第二に、事業を取り巻く環境はめまぐるしく変化するものであり、半年前の情報は古く現状にそぐわないことも少なくない。常に情報をアップデートし、改善を行うことが大切である。特に安全管理上の環境の変化などがあった際には必ず計画も見直されなければならない。第三に、計画を知らないものは守ることもできないということ。当該国に関わる者全てに周知しておく必要がある。第四に、計画を実施するための能力向上を常に行っておくこと。どんなに良い計画が策定されてもそれを実行する能力が無ければ意味がない。最後に、シミュレーションや訓練を行い、手順等を日頃から確認しておくこと。練習時に実行できない計画は本番でも実行できない。日常的な準備や訓練が、有事の際の効果的な行動に繋がるのである。

5. 安全文化をつくること

計画や能力も重要だが、組織として安全管理をトッププライオリティとして定め、それに関わる情報は全職員が共有している状況を常に作り出していることが重要である。何故この組織はこの国で事業を行っているのか、どの様にリスクを把握・分析し、許容できるリスクレベルを算定しているのか、有事の際はどのように行動するのか、事業計画にどのように安全管理を反映させているのか、全ての職員がしっかり理解していなければならない。こういった文化をつくりだす為にはトップマネージメントの相応のコミットメントが重要なのは言うべくもない。

6. 安全管理に向けた恊働

それぞれの組織にはそれぞれのミッションがあり、それぞれの職員やステークホルダーへの責任がある。とは言え、安全管理上、他団体との協働は、危険情報の迅速な共有、有事の際の相互援助などが期待できるため、積極的に進めていきたい。他方で、一団体の好ましくない行動(例:賄賂を渡す)が他団体のリスクとなることも忘れてはならない。安全管理に関する全ての作業・業務を一団体で行うのはコストがかかることから、それに特化したサービスを行う団体(2)が様々なレベルで存在する。また、国連やNGOの安全管理に関する協働イニシアティブであるSaving lives Togetherというフレームワークも存在する(3)。こういった協働にはぜひ積極的に関わりたい。

7. リスクの転移

パートナー団体を通じて事業を実施する際、事業実施にあたってのリスクを転移していないかという視点が重要である。リスク転移を防ぐためには合同リスク評価や合同安全対策能力評価を行い、許容できるリスクレベルを見極めた上で、能動的な安全対策を協働で行うことが大切である。これらが実施されていない場合、単にリスクの押し付けになってしまうことが往々にしてあり、それは真のパートナーシップとは言えない。


(2)アフガニスタンを始め各地で展開するINSO、イラクのNCCI、ソマリアのNSP、チャドのOASIS、欧州のEISF、米国のInterAction/SAGなど。
(3) https://www.humanitarianresponse.info/en/system/files/documents/files/saving_lives_together_framework_-_october_2015.pdf

8. 人道支援従事者の安全管理に関するトレンド

2005年からAid Worker Security DatabaseAWSD)と言うプロジェクトが実施されており、支援関係者の安全管理に関するデータやトレンドをまとめている。以下は2004年から2014年までをまとめた数字だが、2014年には329人の支援関係者が犠牲となっている(AWSDウェブサイト (4)より抜粋)。

過去10年程のトレンドをAWSDが分析したところ以下のトレンドが浮かび上がった:

  • 少数の危険地域での犠牲が目立つ。特にアフガニスタン、イラク、ソマリア、ダルフール、パキスタンなど。
  • 入念に計画された攻撃も多く、政治的な理由によって犠牲となる場合も少なくない。
  • 国際スタッフと比べ、ローカルスタッフの犠牲者数が多い。

危険地域において「遠隔管理」の手法が多く取られている昨今、パートナーシップの名のもと、許容できないレベルのリスクをローカル団体に課している現実も浮き彫りになっている。ローカル団体は他の国際NGOと比べ、安全管理に関するトレーニングの機会やリソースが極めて少ない。ローカルスタッフの犠牲が国際スタッフに比べて多いことも考え、現場主義の安全管理体制が求められている。

NGO安全管理イニシアティブ (JaNISS)
(Japan NGO Initiative for Safety and Security)

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