JaNISS
メールマガジン
第2号(2017年6月)
NGO安全管理イニシアティブ
JaNISSは人々に必要な支援を届けるために、日本のNGOの能力強化と情報共有を行っています
皆さま、JaNISSメールマガジン第2号をお届けします。今回は”Operational Security Management in Violent Environment, Good Practice Review8(GPR8)”の第2章、リスク分析の抄訳です。できるだけ多くのスタッフが参加した上で、リスク分析と対策の立案を行うべきことが、簡潔にまとめられています。リスク分析への入門文書としてぜひご活用ください。
GPR8日本語要約
*GPR8:” Operational Security Management in Violent Environment, Good Practice Review 8”
GPR8 Chapter 2: Strategic and operational approaches to security management 及びAnnex 2: UN security management systemを参照
文責:CWS Japan小美野
リスク分析
現実的な安全管理マネジメントはきちんとしたリスク分析から始まると言われる程、リスク分析の重要性は高い。どんな事業であっても、実施を決定する前には現実的なリスク分析がなされている必要があり、刻々と変わる現場の環境を加味した修正も行いたい。
もともと人間は主観的な生き物なので、目の前の問題の方が中長期的なリスクより優先度が高かったり、稀であっても印象の強い出来事に想いが惹かれたりするものである。よって、少数でリスク分析を行うよりも、より多くの職員を交えて議論する場を作るべきである。
「リスク=脅威(threat)x脆弱性(vulnerability)」という式で表されるように、リスクは脅威と脆弱性の相関関係によってもたらされる。ここで言う脅威とは被害を与えうるものを指し、脆弱性とは脅威に遭遇する可能性及びそれによって受けるインパクトを意味する。よってリスク回避をする為には脅威自体を取り除くか、脅威にさらされるのを防ぐか、あるいは実際に脅威に遭ってもそのインパクトが最小限になるような行動が必要となる。
リスク分析は様々な方法があるが、ここでは主流な考え方を見ていく。
環境分析
事業予定地における環境を熟知する事は事業そのものにとっても、またリスク分析上も非常に重要である。例えばその国や地域の歴史、諸外国との関係性、政治的環境、民族対立の有無、政治的・宗教的グループの存在及び思想的背景、伝統的な社会基盤や通例などは少なくとも知っておきたい。また、紛争が勃発している地域においては、関連するアクターの動機・目的、資金源やその紛争の歴史も調べておきたいものである。方法としてはまず関連するアクターを全て書き出し、それぞれの関連性を線を引いて示してみるというものがある。その関連性の中には、例えば資金源となっていたり、間接的な紛争への関与も含まれる。
こういったリスク分析を行うと、どの様な場所で誰による脅威が想定できるか考える事ができ、それを防ぐ為には何ができるかという計画に落とし込める。また、そういった脅威が稀に起こるものなのか、あるいは組織的・計画的犯行によるものなのかも押さえておきたい。
例えばMiddle East Instituteでフェローを務めるCharles Lister氏によるシリア内戦におけるアクター分析の一例[1]が以下であるが、非常に複雑な関係性がある事がわかる。
武装勢力
武装勢力がなぜ自団体のプロジェクトや存在を攻撃し得るか、に関しては非常にデリケートな問題ではあるが、以下に分析の切り口をいくつか示しておく:
l イデオロギー:武装勢力の達成目標は何か、声明等では何を強調しているのか。また、外部支援団体に対してどの様な視点・印象を持っていると考えられるか。
l 組織形態:指示系統や組織の構図、またどのように意思決定が行われているか。また、仮に交渉するとしたら誰とするのか、あるいは交渉すべきでないのか。
l 周辺コミュニティとの関係性:市民に対して過激で危険性のある行動を取っている武装勢力は概して支援団体にとっても危険性が高いと言える。
気を付けなければいけないのは、プロジェクトを行っている場所、あるいはオフィスを構えている場所が紛争経済(War Economy)の中にある可能性が高いという事である。紛争経済(戦争経済とも言う)とは、闘いを継続する為に必要なヒト・カネ・モノ等を指す。例えば支援プロジェクトによって地元住民の生活が向上し、武装勢力に加担する人間が減る。あるいは支援団体の存在によりセキュリティ環境が強化され、武器や鉱物資源の不法取引に制約が課されるなども一例と言えよう。だからと言ってそういう場所に存在するな、というわけでは決してないが、こういった間接的な理由によっても攻撃対象となり得るという視点は分析時に持っておくべきである。
該当地における支援の歴史
例えばアフガニスタンやハイチなど、過去に長期間に渡って国際支援を受けていても状況があまり良くなっていないケースもあり、その様な国においては国際支援そのものに対して懐疑的な見方も多い。結局生活が良くなっていないのは、支援団体側に政治的動機があるからであるといった見方もある。例えば「大きなお金が入ってきても外国人の高い給料で消えてしまうではないか」といった声もその一環である。長期に渡って培われたそのような不平・不満は安全管理上のリスクとなる事もある為、分析時に十分な考察が必要である。
使命(mission)と委任(mandate):事業実施の意思決定
さて、ここからはリスク分析をした後に、自団体が事業をすべきなのかの意思決定のポイントについて考察していく。まず第一に考えるべきは、自団体がある事業を行う事は使命(mission)上の決断か、あるいは委任(mandate)的なものなのか、である。両者は混同される事がよくあるが、例えば紛争地の難民キャンプにおいて、「貧しい人を救う」事を使命に掲げている団体の決断と、「難民支援を行う機関」と定められている国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と比べてみると、明らかに後者の方が事業を実施・継続する理由が大きくなる。使命はあくまで自団体で決めた事である為、達成するのが困難と判断される場合には事業の実施を見送るという決断も考えられる。とは言え、例えば他に支援団体が居ない場合など、事業の重要性が高い場合には使命が委任により近づくケースも想定できる。
上記のような判断をするためには、以下のような視点が必要である:
l 自団体がその事業を行う事によって達成したいものは何であるか。また、もし事業を行わなかった場合、受益者の視点から見てその影響は限定的か、あるいは大規模なものになるか。
l 事業予定地には事業に必要な移動経路、ロジ施設、宿泊施設などが準備出来るか。また、その地域において活動している他の団体は誰がいてどのような事業を行っているか。
l 事業実施に必要なリソースや能力が確保出来るか。例えば必要資金、マネジメントや技術的スキルを持った人材、安全管理に十分な時間や労力を割ける体制など。
最終的に事業を行うか行わないかの決定をする際には、以下のような問いかけをしてみると良い:
l 使命か委任かを判断し、事業を行うべきと言えるか。
l 現場で事業を実施する事によって必要とされている人道ニーズに対応出来るのか。
l 事業を行うのに必要なリソースや能力が確保出来るのか。
l もし必要なリソースや能力が現状ではない場合、迅速に調達可能かどうか。
l それらのリソースや能力が確保できた場合、安全管理に必要な時間や労力をマネジメント(役員・運営責任者等)や職員が割く事は出来るか。
もし上記の質問に対して、一つでも「No」であるならば、事業実施に関してはかなり慎重に考えるべきであろう。環境が改善するのを待つか、あるいは必要なリソース・能力をまず身に着けてから事業立案をする判断も十分に考えられる。
脅威分析
さて、ここまで団体を取り巻く安全管理上の環境分析及び意思決定について述べてきたが、次のステップとしては実際にどのような脅威が存在し、どう対応するべきかを明らかにしなくてはならない。また、自団体が持つ安全管理上の脆弱性に対しても理解を深めておくべきである。
脅威と一言で言っても一般的に脅威と思う事象と、より詳細な事象とに分けられる。例えば以下のような分類である:
一般的な事象 | より詳細な事象 |
犯罪 | ・車両強盗
・路上強盗 ・武装強盗 ・誘拐、など |
テロ | ・路上における簡易爆弾(IED)
・車両爆弾 ・自爆テロ ・公衆の場における無差別テロ ・手りゅう弾 ・人質事件、など |
戦闘行為 | ・砲撃
・銃撃戦 ・地雷、など |
脅威の中には直接的脅威になるものと、間接的脅威となるものがあり、それぞれの脅威に関して過去の事例、動機、実行に必要な能力等を把握する事が重要である。これらの情報は、第一義的には現場の環境下において実際の事例を見聞きする事がある。また、国連やNGOが参加する安全管理における調整プラットフォームなどにも積極的に参加し、情報収集をする事をお薦めしたい。また、地元の政府機関、アカデミア、ジャーナリスト、社会活動家など、地元の関係性やネットワークからも多くの情報が手に入るものである。これらは現地スタッフも巻き込み情報収集を行う方が効果的である。最後に、メディア(特に地元メディア)やセキュリティ会社の分析情報なども貴重な情報源となり得る。注意点としては、情報の中にはデマもあり、情報源が信頼できるものか、情報自体が事実なのかを判断する必要がある。
安全管理上の脆弱性
安全管理上のリスクを助長する要因として、自団体が抱える脆弱性がある。例えば以下のような事柄に関しては十分注意が必要である:
l 犯罪多発地域において存在が目立っている
l 地元住民から懐疑的なイメージを持たれている(実のない調査活動や守られてない約束事項なども含む)
l 支援内容が不公平と思われている(不平に対応していない)
l 高価な資産を保有している
l オフィス・宿泊地周りを取り囲む壁やフェンスが無い
l オフィス・宿泊地の敷地内に容易に入れる
l 緊急連絡手段がない
l 経験豊富なスタッフが少ない
l 行政からの理解やサポートが受けられない
l 懇意にしている有力者の敵者から、敵視されている
l 定期的なヒト・モノ・カネの流れがある
l 移動ルートがいつも同じである
l 危険性が高いルートを使って移動している
上記のように、ヒト・モノ・カネ等に関する安全管理上の脆弱性を詳細に把握する事が求められる。もちろん弱みの裏返しは強みであり、一つ一つの課題を明らかにし、対応する事で安全管理能力の向上にもつながるのである。
リスク分析
最初に述べたように「リスク=脅威x脆弱性」であり、リスクが被害に結び付いた場合直接的な被害と間接的な被害をもたらす。それぞれの被害例は以下の通りである:
直接的被害 | 間接的被害 |
職員や対象コミュニティ内での死傷、精神的なダメージ。資産の損失、事業の延期や停止など。 | 医療費、法務費用、保険掛け金の増加、職員のモラルややる気の低下、組織の評判の悪化など。 |
また、こういった被害が起きる可能性についても考察を深める必要がある。例えば、以下のような表を使って分析してみると良い。
上記のような分析を行う事によって、それぞれのリスクを数値化し、以下のようにプロットしていくと、自団体にとってのリスクの許容範囲が見えてくる。
これらの分析を行った後で採り得る方策としては、脅威を減らす為に出来る事は何かを考え、脅威が発現する可能性を減らす、あるいは被害を最小限にするためには何が出来るかを考えることである。それらで対応出来ず、かつ許容出来ないリスクレベルに関しては、環境を変えるなど(例えばオフィスの場所を変えるしてリスクレベルを低く出来るかの検討もあり得よう。また、自団体が許容出来ないリスクであっても、他に許容できる団体が居る場合は事業の一部の委託もあり得る。しかし、注意が必要なのは、委託先とのリスク分析を行わない場合、単に自団体で許容出来ないリスクを移転(risk transferと呼ばれる)しているだけなので、その行為自体が非人道的だという批判もある。
安全管理上の環境区分フェーズ
国連など、団体によってはリスク分析の結果を区分けし、フェーズとして定めるといった対応を行っている。例えば、あるフェーズになった瞬間から外出禁止などの措置が取られるなどである。この利点としては、ある事象・環境下においての行動が分かりやすく定められているという事である。たくさんの職員を抱える大組織において好まれるやり方であるが、ケースバイケースの対応や、細かな軌道修正を行いながらの行動の見直しになかなか繋がらないという欠点もある。
事業や団体を取り巻く環境は日々変化するものであり、周到なリスク分析を定期的に行う組織文化を形成する必要を強調したい。そういった組織文化があって初めて自団体を取り巻くリスクへの効果的な対応が期待できるのであるし、組織や職員、また事業を取り巻くステークホルダーを守る事にも繋がるのである。
参考情報:国連の安全管理システム
国連の安全管理システムは2003年のバグダッドにおける爆弾テロを受け、見直された経緯がある。現在ではSafety and Securityを担当するUnder Secretary Generalのリーダーシップの下、United Nations Department of Safety and Security (UNDSS)というチームによって安全管理体制が敷かれている。
Inter-Agency Security Management Network (IASMN)というネットワークも構成されており、国連事務局の関連部局及び国連専門機関が安全管理において繋がっている。1年に2回会合を設けており、High Level Committee on Management (HLCM)やChief Executives Board for Coordination (CEB)といった国連のマネジメントチームへの提言を行っている。
国連が活動する各国において一番高位の職員がDesignated Official(DO)として位置づけられ、各国連機関の現地統括が参加するSecurity Management Team (SMT)の仕組みを使いながら国連システムの安全管理に責任を持つ。また、Under Secretary Generalのアドバイザーも存在し、DOやSMTへの助言活動を行っている。DOはArea Security Coordinatorsを指名し、安全管理の実務を行わせ、必要であればField Security Coordination Officerなども登用するものとしている。
国連システムの中で働く職員は皆、自身の安全管理において責任を持っており、国連が定める安全管理基準(Minimum Operating Security Standards)やシステムを熟知する事が求められている。国連が定める安全管理上の環境区分フェーズは現在6段階あり、それぞれのフェーズにおいて必要行動が定められている。また、安全管理研修を全ての職員に義務付けており、特に現場で活動する職員にはAdvanced Security in the Fieldという上級コースも設けている。
[1] http://www.pulseheadlines.com/simple-chart-syrias-civil-war-shows-complicated-conflict/17851/
NGO安全管理イニシアティブ (JaNISS)
(Japan NGO Initiative for Safety and Security)
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